部活が始まる前に、マネージャーのが何やら四角い紙を持って来た。
・・・あぁ、またか。そう思いながら、俺もいつも通りの対応をした。
「今日こそ、から?」
「今日は1年生の子から。」
もすっかり慣れた様子で、俺の発言に返事をするでもなく、無視をするでもなく、ただにこやかにその紙を俺に手渡した。
いつも通り、その紙は・・・いや、その封筒は、差出人が俺とは違う性別であろうこと、また俺に少しでも好印象を与えたいと思っているであろうことがわかるようなデザインだった。そこには、また“それ”らしい字で「切原先輩へ」と書かれていた。
俺は、その封筒を開け、1枚の紙を取り出した。その手紙の内容は、想像通りのもので・・・・・・つまり、ラブレターってやつだった。
まぁ、自慢じゃないけど、テニス部ってのは結構モテる方だ。その中でも、俺なんかは――誰かさんとは違って――近寄り難い雰囲気も無いから、手紙やあるいは直接、『愛の告白』を受けることがある。
その度に俺は、申し訳なさそうな顔で、「今は部活に集中したいから」と断る。そうすれば、今じゃなければいいのかと思う奴が多いみたいで、ほとんどの奴は俺を諦めたりしない。あとは「でも、気持ちはすごく嬉しい。ありがとう」とでも言っておけば、俺の株は更に上昇。そして、また別の誰かに・・・というプラスのループが回ることになる。
・・・さっき、「自慢じゃない」なんて言ったけど。本当は天狗になっていた。思い上がっていた。本気を出せば、誰だって、その気にさせられるもんだと思っていた。
でも。目の前の女は。マネージャーのは。いつまで経っても、変わらぬ態度だった。
俺は手紙を丁寧に封筒に戻しながら、わざとらしくため息を吐いた。
「はぁ・・・。気持ちはありがたいんだけど・・・。」
「・・・応えられない分、つらく思う?」
「そう・・・。」
「そっか・・・。人気者も大変なんだね。」
「人気なんかじゃねぇよ。だって、は俺のこと好きじゃないだろ?」
「好きだよ?」
「じゃあ、幸村部長のことは?」
「好き。」
「真田副部長は?」
「好き。」
「・・・一緒じゃん。」
「みんな同じぐらい大好きなの。」
ほら。こういうことを言ってくる。
そりゃ、テニス部はモテる方だから、俺なんかじゃなく、先輩の誰かが好きだって言う奴もいっぱいいる。でも、はその誰でもなく。もちろん、俺でもなく。テニス部の誰かを好きになったりしない。ましてや、他の部の奴らを好きになったりもしてねぇようだけど。
だったら、尚更・・・と、俺も向きになる。
「俺だけを好きになってくれねぇの・・・?」
そうやって、寂しそうに言ったところで、には一切効かない。相変わらず、は笑顔でいるだけだ。
「わかったよ・・・。でも、絶対いつか、俺に惚れさせてやる!」
俺が演技をやめても、やっぱりは笑っているだけだった。
・・・ちっ、今に見てろ。すぐにオトしてやる。
と思って、早何ヶ月?むしろ、1年のときから同じようなことは思ってたから、かなり経ってると思う。
くそう。何だよ。なんで、は俺のこと好きにならねぇんだよ?でも、絶対、いつか必ず・・・。
そんな馬鹿みたいなことを考えて、俺はそれからが・・・いや、女が喜びそうなことをしてやった。
まず・・・。
「!おはよ。」
「おはよー。」
「あれ??髪、切った?」
どんな小さな変化にも気付くこと。
「うん。少し、ね。」
「たしかに、髪型はそんなに変わんねぇけどよ〜。どーっか、雰囲気違うなぁって。」
「そんなに雰囲気も変わらないと思うけど・・・。」
「俺にはわかるんだって。・・・ま、雰囲気が少し違っても、が可愛いってことに変わりはねぇけどな!」
「それは、ありがとう。」
・・・・・・すっげぇ、微妙な反応。一応は喜んだみたいだけど・・・。
とりあえず、次。
何事も褒めまくる。例えば・・・。
「、お疲れー。」
「あ、お疲れ様。」
「本当、はちゃんとマネージャーの仕事やってて、偉い偉い!」
「ありがとう。でも、当然のことだから。」
「にとっては当然でも、俺らにとっては当然なんて思えねぇって!俺らにとっての存在がいかに大きいか・・・。俺ら、にはマジ感謝してるし。のおかげで、俺らは思う存分、部活に集中できるんだなーって。」
「その割に、切原くんはよくサボってるようだけどね?」
「うっ・・・。」
「ふふ、冗談冗談。よく頑張ってると思うよ。だから、無理はしすぎないでね?」
「ういーっス・・・。」
・・・・・・って、気付けば、説教されてんじゃん、俺。
いや、でも、結構褒めまくったと思うし、また他のことでも、褒めまくればいい。
最後に。
目が合ったときは、ニコッと笑顔を見せる。・・・そしたら、も笑顔を返してくれた。
・・・・・・・・・・・・あれ・・・。可笑しい。普通、俺が笑って相手も返したら、それは俺の作戦が上手く行ったと思えるはず・・・。それなのに・・・。に微笑みかけられたとき、それとは違う喜びを感じた気がした。
そんなはずはないと、また別の機会に、同じことをした。・・・でも、やっぱり、俺の心は同じ反応だった。
・・・・・・やばい。これ・・・。
目が合って笑顔を返してくれんのも、作戦が成功したから、と言うより、単にが笑ってくれることが嬉しくて・・・。
褒めようと思って、の良いところを探していたら、そこに惹かれて・・・。
小さな変化にも気付こうと思って、ずっと見続けていたら、を意識するようになって・・・。
を俺に惚れさすつもりが、いつの間にか、俺がに夢中になっていた。
マジかよ・・・。ありえねぇ・・・。
自分が“負けた”ことよりも、は俺なんか眼中にねぇだろうことが、俺の胸を強く締め付けた。
こんなこと気付きたくなかったと思っても、もう遅くて・・・。俺は、重い足取りで、部活に向かった。
すると、いつも通りにがこっちに歩いて来た。・・・そう、いつも通り、四角い紙を持って。
「はい、これ。」
「・・・・・・から・・・なわけねぇよな・・・。」
「部活が始まる前に、頼まれたんだけど・・・。どうかしたの、切原くん。何か、いつもと違うよ?」
「気にすんな。」
俺は軽くため息を吐きながら、その紙を受け取り、中を取り出した。
「『明日の昼休み、校舎裏の大きな木の下で待ってます。』ねぇ・・・。」
「告白スポットだね。」
書かれていたことを読み上げると、いつもの笑顔で、はそう言った。
コイツ、恋愛とか興味無さそうなのに、そういうのはちゃんと知ってんのか。
・・・・・・もしかして。
「も呼び出されたこと、あんの・・・?」
「まさか!私は切原くんたちとは違って、そんなこと全く無いよ。」
俺の疑問に即答してくれたおかげで、俺の不安が少しは和らいだ。
・・・本当、俺っていつの間に、こんなに本気になってたんだろうな。・・・・・・・・・。
「じゃあさ。初めて呼び出してやる。・・・、明日の昼休み、校舎裏に来てくれ。」
「・・・え?でも、切原くんも同じ時間に行くんじゃないの・・・?」
「うん。だから、一緒に来て。んで、陰で見といて。」
「えぇ?!それは・・・。その子に悪いよ。」
「いいから!俺も真面目に言ってんの!!」
「・・・・・・わ、わかった・・・。」
「んじゃ、明日の昼休み。教室に迎えに行くからな。」
「・・・うん。」
その後、俺たちは一言も喋らなかった。
次の日の昼休みも、俺はの教室に行き・・・。
「行くぞ。」
それだけを言って、後は無言で校舎裏に向かった。
そして、近くまで来ると、を立ち止まらせた。
「ここなら、相手の顔は見えないけど、話なら聞こえるだろう。だから、ここに居といてくれ。」
「うん・・・。」
まだ驚いている様子のにも何も言わず、俺は1人で木の下に向かった。
「あ、切原くん!来てくれたんだね!」
それに気付いて、手紙の差出人であろう女子がそう言った。
・・・誰だよ、コイツ。
悪いが、正直俺には全く見覚えが無かった。でも、向こうもそれはわかっているらしかった。
「あの・・・ね。切原くんは、私のことなんて知らないと思うんだけど・・・。でも、私・・・。テニスやってる切原くんがカッコイイなぁって思ってて・・・それで、好きになっちゃったの。だから、今日は私のことを覚えてもらおうって思って・・・。」
いつもなら。今までなら。俺は「ありがとう」と返していた。でも、今日は違う。
俺は名も知らぬ彼女の言葉を聞いて、頭を下げた。
「ごめん。」
「え?あ、あの・・・。返事は今じゃなくて・・・。それとも・・・、私、嫌われるようなこと、したかな??」
たしかに、これまでは「今は考えられない」と言っていた。彼女もそれを知ってるんだろう。だから、自分だけが特別に断られたのだと思ったんだと思う。
だけど、そうじゃないんだ。
「ううん。アンタだけじゃない。他のやつらでも、そういうのはもう考えられねぇんだ。・・・俺、好きな人ができたから。」
「えっ?!そ、そうだったの・・・。その・・・良ければ、その子の名前、聞いてもいい?」
「テニス部のマネージャー。」
「・・・そう・・・さん、か・・・。そっか・・・。ごめんね、時間取らせちゃって!」
「いや、こっちこそ、ごめん。」
気持ちに応えられないことに、じゃなくて。への告白のために、利用したことに、俺はもう1度頭を下げた。
「ううん、気にしないで!それじゃ!」
彼女は、急いでその場を立ち去った。・・・おそらく、彼女はそれなりにショックを受けただろう。そして、俺も彼女よりはマシな、あるいはもっと大きなショックを受けることになる。
・・・なんてこと考えたって仕方ねぇ。俺は少し間を置いて、1度深呼吸をしてから、さっき待たせておいたの所へ戻った。
「・・・。聞こえてたか?」
「うん・・・。」
「じゃ、こっち来い。」
「え?」
驚いているの腕を掴み、俺は強引に木の下へ連れて行った。そこで手を離し、もう1度俺は深呼吸をして、自分の想いと考えを告げた。
「そういうわけだから。俺は、お前が好きなんだ。・・・最初は俺がお前をオトそうと考えてたから、たぶん本気じゃないと思われるだろうけど・・・・・・。でも、悔しいけど、今は俺の方がに夢中になってる。・・・たぶん、お前は何とも想ってねぇんだろうけど・・・・・・でも、だからこそ。俺が本気なんだって、わかっててほしかった。」
「・・・・・・・・・。」
「急に本気だって言われても、今まであんな態度だったし、信じられねぇだろうとは思う。でも、本気だから、この場所を選んだんだ。・・・それに、利用しちまったのは悪いけど、さっきの子にも俺は、のことが好きだと教えた。それは、他の奴らなんかより、お前だけが特別だからだ。・・・だから・・・頼む。信じてほしい。」
上手く言えただろうか。俺の気持ちは、ちゃんとに伝わっただろうか。
自分を情けなく思いながらも、俺はしっかりと目の前のを見続けた。そして、は・・・・・・。
「・・・ありがとう。嬉しいよ。」
いつものように、笑顔でそう言った。・・・・・・本当にわかってるんだよな?
「信じてくれたのか?」
「信じていいんでしょ?」
「当たり前だ!」
「うん、じゃあ、信じる。」
今度は、いつも以上の笑顔を見せた気がする。俺も一安心して、大きく息を吐いた。
・・・が、その後、俺がもっと大きなため息を吐くことになるとは、夢にも思っていなかった。
「あぁー・・・、よかった。」
「こっちこそ。ようやく、切原くんが私にオチてくれたからね。」
「・・・・・・は?」
「冗談だよ、冗談。・・・でも、まさか、切原くんと両思いになれるとは思ってなかったなぁ。諦めなくてよかった。」
「・・・・・・・・・え?今、何て・・・。」
「だから・・・。両思いになれてよかった、って。」
「はぁ?!!お前、ちゃんと俺の言った意味わかってんの?!俺は、だけを特別に・・・!!」
「うん。だから、私も切原くんだけが特別に好きだよ?」
「でも、お前、先輩たちのことは?!」
「好きだよ?同じぐらいに、ね。・・・でも、誰も全く同じなんて、言ってないでしょ?先輩たちのことも、他の人たちのことを考えれば特別に好き。だけど、切原くんのことは、もっと特別に大好き。・・・これじゃ駄目?」
「・・・・・・駄目じゃねぇよ、全然。」
「よかった!」
「はぁー・・・。何だったんだ、俺・・・。」
もう、本当、俺は盛大に、盛大にため息を吐いた。
だってさ!は前、俺だけじゃなくて、幸村部長や真田副部長のことも、同じぐらい好きって言ったんだぜ?!でも、同じだとは言ってなくて、俺だけが特別だと?・・・全く、屁理屈にも程があるだろ?!!
って思うけどよ。俺のことが大好きだって言われたら、許さないわけにはいかねぇじゃん・・・。
そうやって俺が悄気てると、が少し笑いながら言った。
「でも、ありがとう、切原くん。初めてここに呼び出してくれたのが、切原くんで嬉しかった。」
「・・・勝手に話終わらせんな。」
「え・・・?」
「呼び出したからには、もう1回ちゃんと言う。・・・俺はのことが好きだ。だから・・・、付き合ってほしい。」
「・・・・・・はい、喜んで。」
今度こそ、ちゃんと告白をして。そして、が笑顔で返事をしてくれて。それが、俺はすげぇ嬉しかった。
・・・本当、いつの間に、俺ってこんな風になってたんだろうな。・・・・・・そういや。
「なぁ。はいつから、俺のことが好きだったわけ?結構、前からそうだったって感じだよな・・・?」
「ふふ。・・・内緒。」
「なっ・・・!」
「それじゃ、そろそろ教室に帰ろうか、切原くん。」
「お、おい!ちょっと待てって!!」
それから、何度聞いてみても、それは教えてもらえなかった。・・・でも、少なくとも、前に幸村部長や真田副部長のことを聞いたときは、好きだったみたいだし・・・・・・。やっぱ、結構前だよな?
・・・ってことは、本当にオトされたのは俺の方?!・・・そうなると、俺に笑顔で他の奴等からのラブレターを渡してたのも、俺がを気になるようにするための策略?!
「そんなことないって!本当はつらかったんだよ?だから、あまり余計なこと喋れなくて・・・。とりあえず、笑顔だけは崩さないようにって、思っただけだよ。」
って、は言ってたけど・・・。本当は、どうなんだ?実際、俺はあのの態度で、気にするようになったわけだし・・・。
あぁ、もう!の策略だったにしろ、そうでないにしろ!俺は結局、のことが好きなんだ。悪いか!!んで、これから先。もっと俺に惚れさせてやるから・・・覚悟してろ!
不真面目×真面目の組合せが大好きなんです!後者が振り回されてるように見えて、実は不真面目な方が戸惑っている感じ・・・。もしくは、恋することで不真面目くんが更生する感じ・・・。今回はどちらかと言うと、「更生」する方でしょうか。
とにかく、こういうカップリングが大好きなんです♪コーラサワー×マネキンのような・・・!!
そんなわけで、不真面目そうな切原くんを書かせていただきました(笑)。もちろん、彼も本当は真面目なんだと思います。根はいい子ですよね。だからこそ、更生(?)もできるんです。そう・・・愛の力で!(黙れ)
('09/06/28)